酩酊記

0.1%は音楽の話、残り99.9%はaiko大先生への愛

星野源氏の「恋」とaiko大先生の「ストロー」における類似についての考察

という話です。

背景

aiko「ストロー」、バチックソにギャラクティックにそれでいてジェントリィな、最高 of 超銀河系最強曲でしたね。 同棲している男子と甘々ななんでもない日常を送るだけのショートビデオ、という雰囲気のMVも当然大優勝でありました。


aiko『ストロー』music video short version

MTVにおいても最優秀邦楽女性アーティストビデオ賞を受賞との事で、まあこの内容でいえば当然、自然の摂理、森羅万象すべからくの行き着く先という趣ですね。 「リンゴは木から離れると地面に落ちる」というのとだいたい同じで、ニュートンすらわりと前に知っていた摂理を念の為aikoが再実証した、それだけの話でした。お疲れ様でした。 aiko.com

この曲最高は最高なんですけど、僕その2週間前くらいに星野源氏の「恋」にガチハマりしてまして。 ストローのMVをひとしきり見、「これは現代aikoジャンキーに対するイメージビデオや」「仲村みうのAV堕ちと同じやつや」「Dreams Come True」「直視できないからyoutubeから削除してくれ」といった風に首尾よくブチ上がっていたのですが、 今更正気に戻ってストローを聴き直したところ、おや?というパートを見つけたのでそういう話をします。

前提

aiko大先生と星野源のクソ野郎(「のクソ野郎」部分は敬称です他意はありません)が付き合っていた、という話は有名です

その上で

恋、聴いてみましょう。


星野源 - 恋【MV & Trailer】/ Gen Hoshino - Koi

いやまじでクソ名曲だな。8の箱庭の中にとびきりロマンチックな16と32をギュッと詰め込んだ宝石箱みたいなカースケさんのドラム、ハマオカモトmeets浮雲のカッチカチな弦隊(このへんは書きすぎると悔しくなるので割愛)、そしてモノクロ/スクエアみのある背景に踊るソフィスティケイテッド・渋谷系なダンサー。baby portable rock的世界のメガシンカ版。そして何より塩顔界最強の男a.k.a星野源。背中にサブカルオーガを3匹飼ってる。ひたすらに声と顔がいい。そりゃ優勝だわ優勝。ガッキーと共演するだけある。お前吉岡里帆とも共演してるやろCMで。いい加減しばくぞ。そろそろ絶妙なブスと結ばれてどこか知らない世界でひとりでに幸せになってくれ。

本題

星野源「恋」の2小節目のⅠ#dimと、aiko「ストロー」Aメロ後半Ⅰ#M7、似てない?

営みの街が暮れたら 色めき ―星野源「恋」1A冒頭
Ⅰ ⅢM / Ⅵm Ⅰ#dim / Ⅳ Ⅲm / Ⅱm Ⅴ7

ここの「(いと)なみの」と「街が」の間ね。解決しない。させてくれない。解決しないくせにⅣに向けたメジャースケールが展開される。つらい。ヒモのくせに「でも俺にはお前しかいないから」っていう風にキャリアウーマンをいい感じに懐柔している雰囲気を感じる。

喉を通らなかったこの部屋で パジャマのままでお味噌汁を ― aiko「ストロー」1A後半
Ⅱm Ⅴ7 / Ⅲm Ⅵm / Ⅱm Ⅴ7 / Ⅱm Ⅰ#M7 Ⅰ /

こなた、ボサノヴァ/フレンチ系でよく聴くM7コードです。落ち着く。高い豆で手淹れしたコーヒー的コード。 ようやく落とした男子を自分の部屋に引き込んでかいがいしく手料理を作り、しみじみした幸せを噛み締めているaiko大師匠のかわいらしさを感じます。いいですなあ。

さて、おわかりいただけただろうか。 フレーズ内のⅠ#dimとⅠ#M7、それぞれ"Ⅰ#"が被っていることを。 ヤバくね。これ見つけた瞬間むっちゃアガった。

Ⅰ#が被る、ということの確率について

星野御大が用いたⅠ#dimはディミニッシュ(Ⅰ+Ⅲ+Ⅴで構成される和音のうち、ⅢとⅤを♭=半音下げしてる)コードです。 一方、aiko大師匠が用いたのはⅠ#M7。 どちらにも共通して言えるのは、「これ別に他のコードでよくね?」ということです。

例えば星野氏のⅠ#dimは、おおむねⅠ7で代用しえます。

Ⅰ ⅢM / Ⅵm Ⅰ7 /

これ結構あるあるなコード進行なんですよね。次のⅣに行くための助走として使うコードとしてはむしろⅠ7の方が一般的。

そしてaiko師匠のⅠ#M7も同様。Ⅴ7で代用できそう。王道中の王道、ツーファイブです。

Ⅱm Ⅴ7 / Ⅱm Ⅴ7

まあⅡ度スタートなんで違和感あるっちゃあるんだけど、それでもⅡ-Ⅴ-ⅢⅥm - Ⅰとかの方がよっぽど筋がよくないか。

というわけで、両曲ともあえて無理してこのⅠ#という度数を使う必然性はないのではないかと類推できます。 じゃあなぜ。わりかしリリース日も近い両曲で、昔付き合ってたJ-pop界フラッグシップこと両者が同一のコードを用いた理由は?

仮にお互いが"偶然"Ⅰ#を使ったとして

これはもう僕のようなイチリスナーが伺い知れるものではないんですが、 二人のコミュニケーションの中に、一切音楽的な要素を介在させない事が難しかった事は想像に難くなく、 どちらかが曲を書くその部屋、そのシーンにどちらか一方がいたのでは、二人と彼らの音楽しか存在しない静謐な時間があったのでは、という美しい妄想をせざるを得ません。

そこで発見されたⅠ#という度数が、無意識の紐帯として彼ら二人に機能したとすれば こんなに美しいセレンディピティがこの世界で他にあるか、とすら思えます。

相違点と男女について

ただひとつ違うところがあるとすれば、 星野氏はⅣ≒次なる展開の踏み台としてこのコードを用い、aiko師匠はⅠ≒解決の道程としてこのコードを用いた点でしょう。 かつ、歌詞から見れば「営みの街が暮れたら色めき」と時系列に沿って未来を見据える星野氏と、「パジャマのままでお味噌汁を」と今この場、現在の幸福を歌うaiko師匠の差異が如実に見て取れましょう。 これは愛しきシンクロニシティを持ちながら、まったく異なる視座をはからずも持ってしまった男女の切ない関係を示唆するものとも見え、 ともすれば「男は”名前を付けて保存"、女は”上書き保存”」という定説を覆すものですらあります。 だからどう、ということはないです。これがマジならビックリするくらい美しいですね。5000㍑泣ける。

結論

  • 恋とストロー、一点だけ相似点がある
  • でもそれは男女の懸隔に似た相違点がある
  • むっっっっちゃいいなこういう話(妄想だけど)

ということです。やっぱりaiko最高だな。


aiko-『明日の歌』music video 明日もがんばりましょう。